一握の真砂

ジャズりんご

牛丼屋という現代の砂漠

この間はじめてひとりで牛丼屋に行った

牛丼といえば食べたいときには家で作るもので、買って食べるという考えがあまりない

そもそも実家にいたときは外食をする機会がほとんどなく、家族のだれかが作ったごはんか買ってきたものがメインだった(稀に外食イベントが発生したが、家族で行くのは年に一度とか、そういう頻度)

そういえば私は未だにコンビニおでんを食べたことがなく、というのもおでんは冬場は大きい鍋に常備されているものだったからで、「おでんを食べる」と「おでんを買う」が一致した経験がまだない

ひとりぐらし生活になってからは自分で好きなものを作れるし、好きな店に入れる

ということでこれまで行ったことがなかったチェーン牛丼屋に行こうと思って去年いちどだけ友人と行きました(はしゃぎすぎて撮った牛丼の写真が今でも残っている)

それまでは注文の仕方もなにもわからなかったため人と行くのでしか踏み入る勇気がなかったが、いちど行ったら行ったであの独特の雰囲気に圧倒されてその後ひとりでは行きづらかった

今回はひとりで酒を飲んだ帰りだったので思いつきで入店しました

その店舗は入り口近くのデカいタッチパネルで食券を出して、着席したら即座に店員がそれを回収に来てお茶を出し、厨房のほうに戻ったかと思ったら秒で牛丼の盆を運んでくる

店舗の中央部にU字型のカウンターと、テーブルがいくつかあるが、そこにいるだれも口を開かないし、店員は絶対に客と目を合わせないで決まったルーチンの業務を遂行しているし、完全に「牛丼を食べること」のみが目的化された空間である なぞい

いちばん気になったのが牛丼が出てくるその速さ

どれだけ牛丼を提供するためのシステムが完成してるのかという

我々にはその場で共有されている規範を肌で読み取る力があるし、それに倣うことも選択できるので、とりあえずおとなしくしていた

牛丼屋の店内は電車のなかに似ている

そこにあるルールは「おとなしくする」というより、「自分以外に関心を持たない」かもしれない

奇異な振る舞いは、私はやっていないのでわからないが、おそらく無視されるのではないか

電車のなかで向かいの人と目を合わせないのに似ている

今回はミニの牛丼と半熟卵をたのんだ

次回は並盛がたべたい