一握の真砂

ジャズりんご

映画「ダンサー・イン・ザ・ダーク」感想

映画ダンサー・イン・ザ・ダーク(2000)、ネットでは「後味が悪い」「鬱映画」と言われていたのでそれを期待して観ていたらめっちゃハッピーエンドだったのでがっかりしました、というのが第一の感想。

 

この映画を要約するなら主人公セルマの2時間20分にわたる信仰と殉教の物語と言える。

・息子ジーンの目が手術によって治ることだけがセルマの神さまであり、息子本体はその付属物っぽい。息子自身の心情を気にしている様子は作中で見られない。拘置所? の面会場で「ストレスが目に障る」からジーンは来させてはいけないということを言うが母親が拘置所に突っ込まれている時点ですでに相当のストレスがかかっているんでは……

・周囲の愛情は常に一方通行

工場の同僚で友人のキャシーから向けられる好意も、恋人候補のジェフからの好意も、セルマはそれに好意で応えることはない。

・ドキュメンタリー調でやたらワンカットが長く手ブレも多い。なんでこの手法?

・「ミュージカル」という心構えで見るとミュージカルシーンがめちゃくちゃ地味、とにかく地味、それが現実と地続きな感じがしていいんだろうけど、セルマがそう派手には空想の世界に飛べていないことがわかる

 

あとは疑問点がいくつかある。

・セルマは軽度知的障害?

以下、ビルと二人で話していたシーンの締めの字幕の書き起こし(英語版字幕は現在ネットフリックスに上がっていなかったので私の聞き取りによる)(肝心の用語が聞き取れていない)

 

ビル「沈黙で行こう」(***(聞き取り不能))

セルマ「ちんもく?」(man...?)

ビル「内緒だ」(We don't tell anybody.)

 

→息子の手術をするためにチェコからアメリカに来ている=息子の存在が確定してから渡米しているため、英語が堪能でなかった? という推測もできるが、セルマはビルの言った「沈黙」の単語を理解しなかった(単なる聞き落としでないことは、ビルが言い直しではなく言い換えを用いていることからもわかる)

 

・ビルを殺す必要性はどこに

セルマが軽度知的障害であると仮定するなら、選択肢を探す力が低いので……という見方もできそう パニックになっていてかつ相手が強情とはいえ拳銃何発も打った上に引き出しで頭つぶしたりする……? 「殺してくれ」と頼まれたから「はい殺しましょう」というのはあまりにも愚直に見える(ビルが「金は離さない」とあまりにも強硬な態度だったのはあるけど)

 

・なんで息子ジーンに手術のことは秘密?

これはビルと交わした「秘密」にとどまらず、最初から一貫してセルマは「父に仕送りをしている」ということで手術の当事者であるジーンにも彼の目の手術のことを言わないでいる。何故……

この点が映画では一番謎だった。「セルマは眼病の遺伝を知りながら息子を産んだことに責任を感じている」という描写はビルとの二人での会話から察されるが、それと手術代の貯金を内緒にすることのつながりが見出せない。なんで。

 

結局セルマが自己の宗教を開陳していく自己満足的なストーリーラインであまり面白くはなかった。オチもなあなあな感じにされて微妙だし…… 結局セルマが最後までほんとうに大事にしていたのは息子ではなく、「息子の目が手術でよくなること」である。自分で蒔いた種を回収するその贖罪についてしか彼女の世界には存在しないのであり、映画のラストでセルマは贖罪を果たし、殉教する。

独房でBGMもなく排気口に向かいながらMy Favorite Things を歌うシーンだけは好きだった。つまり、この映画からビョークの音楽を取ったら何も残らないということだ。

セルマは物理的に盲目だというだけでなく、思考も盲目的であるというのが「ダンサー・イン・ザ・ダーク」のタイトルに回収されるのかな。